Interview / Pick up / what is art for you

Vol.1「アートは、存在証明。」

アートってなんだろう?って、
幸せってなんだろう?ぐらい、大きなもんやと思うんです。
いまの僕にとって、アートは、存在証明であり、
自己表現であり、「中毒」です。



「アートって、分からない」という声をよく耳にします。
僕は、アート作品とは、「問いを提示すること」やと思うんです。
分かりやすい答えやなくて、問いから自分の考えや感覚探っていくこと。
だから、アートは「分かる」必要は、ないんです。



なぞなぞとちょっと似てるかも。答えを言ってしまったら台無しでしょ。
解いているとき、つまり、目の前の「よく分からない」ものの正体を探っているときが、
アートを感じてるときなのかなって。



かといって、アーティストが答えを知っているか?と聞かれれば、うーん…。
それは難しい質問です。
花の美しさを感じるのに花の名前を知る必要はない、というのと一緒かな。



答えのない問いもあっていいのだと思います。
考え続けて、感じ続けることが大切なのかなって。
作品を見て、自分になにか響くものがあったら、
それが答えでええんちゃいますかね。
たとえ、それが、説明できないものだとしても。



幸せ、とか、花の美しさ、を感じられる人はいるけれど、
それを説明できる人はほとんどいないですよね。
でも、それでいいと思うんです。
でも、「現代アート」が分からないというのは、は別の話です。
これは、美術史を勉強すれば、ある程度みんな理解できると思います。

ぼくのはなし



僕は、絵描きです。
3歳くらいの頃から、将来の夢は?と聞かれたら、「旅の絵描き」と答えていました。
でも、どうしてそう言うようになったのか、自分でもわからないんです。
ずっと、なにかに操られているような感覚があって。



お金や時間という「現実」と、「本当の自分」に挟まれて、ほとんどの人は現実をとるんやと思います。
僕だって、現実はちゃんと分かっています。
分かっちゃいるけど、気づいたらもう1人の自分、本当の自分みたいなものが、
「お前はこっちやろ」って引っ張るんです。
「運命・使命・宿命」みたいな、かっこいいものとは違います。
もっと残酷で無責任、でも、僕のことを一番よく分かっている、「もう1人の自分」。



だから、僕の場合は、自分で自分らしい生き方を選択したかというと、ちょっと違うんです。
気がついたら、絵描きになっていた。



小さい頃から、自分自身に対して、違和感がありました。
鏡に映った自分を見ても、自分じゃないような気がして。
「あぁ、これがオレなんかなぁ??」って。
身長、体重、顔の見た目。性別、国籍、肩書き…。



それって、本当に「自分を表せている」のかなって、すごく疑問に思うんです。
自分って一体なんなんだろう?と、問うこと。
本来の自分の姿を表現すること。
それが、僕にとっては絵で、陶芸で、ものづくりなんやと思います。



僕は絵を描いたあと、「鏡のテスト」をします。
鏡の前に、絵と並んで立つんです。
鏡に映った絵と、自分を見比べて、同じに見えるか。
本当の自分を表現できているか。自画像かどうか。直感で判断します。
もしできてへんかったら、いくら絵を褒められても、欲しいと言われても、やっぱり違うな、って思う。



でも、自画像って難しいんです。自分は、変わり続けるから。
今日描いて、見て、「自分だな」と思っても、1年後は、「あれ、違うかな」って思う。
そのときの自画像を、更新し続けなあかん。
それが、絵を描き続けるモチベーションのひとつです。



作品を通じて、自分と会話することは、アーティストの「仕事」です。
でも、アーティストではない人にとっても、必要なことだと思います。



自分の違和感と向き合うこと、自分の中の違和感に気づくこと。
自分と話すことは、すごく苦しくて、むずかしくて、孤独なことです。
でもそこに、救いや、気づきや、成長があります。
そこから逃げたらあかん。



みんな、生活のなかで、色々な役を演じています。
それで社会は成り立ってるし、演じることは、嘘をつくことではない。
でも、ひとりになった時、内側の自分とちゃんと向き合わないと、
他人の人生を歩むことになる。
他人が納得してくれる、褒めてくれる、喜んでくれる人生。
恥をかかない、バカにされないことだけが、重要になってくる。



でも、バカにされてなんぼ。
恥ずかしい生き方をやり抜いてこそアーティストやと思います。
アーティストだけやない。
「自分らしく生きる」ってそういうことだと思います。



世の中には、いろんな人がいて、いろんな人生があります。
ほんでまた、いろんな選択肢がある。
やるかやらないか、右か左かを選ばんといけない。
その選択の連続が、いまの自分をつくっています。



決断の基準とか、決断する瞬間が、「自分らしさ」やと僕は思ってて。
じゃあ、その基準ってなにって聞かれたら?なんなんやろうなあ。



僕だったら、
「あと1年の命だったとしても、それをやりたいか」
「お金を1円ももらわなくても、それをやり続けたいか」
かな。



お金や時間って、人生に置いて大きな割合を占めるもんやから。
だからこそ、それを基準にしてみて、そこからはみ出してでもやりたいことかどうか。
そうやって考えてみることで、自分の魂がワクワクすることかどうかを、判断できると思っています。


川原将太

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